誰も推測できない
見知らぬ海に漂う運命の舟の行き先
だけど次第に傾いていくそれに気づきたくなかった
毅に会わなくなってから俺の苛立ちの矛先はアクセルとステア―――つまりEG6、時たま何も知らないメンバーに向かうようになっていった。だからといって調子のいい攻めが出来ているかというと、まったくの逆。運転は荒いし、ラインは乱れる。あやうくガードレールにぶつかりそうになっちまった。ちっ…俺としたことが馬鹿みたいだ。心配してきたメンバーには当たっちまうし、さっきから煙草の本数も増えている。そんな自分にますます腹立たしくなって吸っていた煙草を投げ捨てた。
「毅…どうしちまったんだよ。」
ここまで俺を『らしくない俺』にしてくれるなんざ、毅のくせにやるじゃねぇか。だけど生憎そんな皮肉を言っている暇はない。その行き場のない苛立ちと、底知れぬ不安は俺の予想以上に俺を追い詰めているらしい。
だけど、こんなのたいしたことではない。きっと、きっと毅のほうが何かつらい思いをしているんじゃないかと、いつの間にかそう考えるようになった。だけど俺はそれをすぐにやめてしまう。無駄なことだと、気のせいだと言い聞かせてやめてしまう。だけどそれはただの言い訳だ。つまらないこじ付けだ。違う。そうじゃない。もう言い訳もこじつけも出来ないほどに膨れ上がる不安。
本当は、気づきたくなかっただけだ。考えたくなかっただけだ。
嫌な推測とか想像したくない結末とか、そればかりが浮かぶ。そのたびに言い訳とこじ付けで乗り越えた。だけどそれではもう間に合わない。否、本当に手遅れになってしまっているのかもしれない。そしておそらく関わっているだろうあの男。直接関わったわけではない。だけど毅とは関わりがあるわけで。それが憎い。白い32に乗った、毅を負かして、毅に負かされた男。それしか俺の中に奴の情報はない。何も知らない。だけど知るすべもない。ひょっとすると知りたくなかっただけなのかもしれない。そんな自分も憎い。
不安から生まれる、憎しみと苦痛。
「どうしちまったんだよ…俺は。」
こんな気持ちになったのは、何年ぶりか。いや、初めてかもしれない。秋名の86に負けたときとは明らかに違う。気づいたときには目から涙がこぼれていた。はっ…ほんとらしくねぇな。どうしちまったんだよ、俺は。
だけどなく資格なんてない。本当は毅からSOSがあったのかもしれない。それに気づかなかった。結果的には気づかないフリをしていた。気づきたくなくて。最低だな。本当に。
「教えてくれ…毅。俺はどうすればいい?」
見知らぬ海に漂う運命の舟の行き先
それは浸水が始まって、沈みかけていく舟のよう
―――ところが、誰かの一言がわずかな航路を見出した
「毅さん、心変わりしちまったのかなぁ。」
「毅さんがそんなことするわけねぇだろ!!」
「だけど相手は慎吾だぜ?」
「…」
いろいろ考えつつも聞いてしまう会話。思わずその反応に怒鳴って殴り飛ばしてやろうと思ったとき、ずっと黙っていた3人目―――毅と白い32を目撃したメンバーの一言がブレーキをかけた。
「…俺が毅さん見たとき、携帯持ってたんだよ。多分誰かに電話しようとしてたと思うんだけど。」
その先が気になって仕方がない。そして―――
「ちゃんとついてたぜ。ストラップ。」
―――よお毅。てめぇにこれをくれてやるぜ。
―――はぁ?ストラップ?らしくねぇな。笑っちまうぜ。
―――わっ笑ってんじゃねぇ!ぶっとばすぞ!その…今日は誕生日だから…
―――…ほんとらしくねぇな。わかったもらっといてやるぜ。
―――すっ捨てたら車でひいてやるからな!!
―――まずは峠で俺に追いつけるようになってから物を言え。
最初に俺を『らしくない』と言ったのは、毅だったんだ。妙に生真面目な毅は、ずっとストラップをつけていてくれた。紐の部分が切れそうになってきたら補強して。なんでストラップに補強するんだよ。また新しいの買ってくるのに。
「たけ…し…」
まだ、つけていてくれるなら、俺は―――
零れた涙をぬぐって、俺はEG6に乗り込んだ。