あいつに何があったのかはわからない。知りたくない気もするし、知りたい気もする。その前にそれを知る手だてがない。毅と喧嘩したあの日、俺はその手だてを失ってしまった。あの日以来見舞いにも行っていない。そしてあの日から毅はぱたりと峠に姿を現さなくなっちまったんだ。だからと言って会いには行っていない。変な意地みてぇなのが働いちまってるんだよな。馬鹿か、俺は。もし危ない事態だったらどうするんだ。そう思うのに、会いに行けない。
「っだぁあああああ畜生!!!!」
煙草を吐き捨てて思い切り叫んだ。周りにいたメンバーがめちゃくちゃ怯えた顔をしたけど、今の俺はそんなけとどうでもいいわけで。EG6に乗り込み、ステアに額をつけてうなだれた。
どうすりゃいい。俺はどうすりゃいいんだ。何をすべきなんだ。わからねぇ。教えてくれるやつなんかいるわけねぇ。
―――会いてぇ。会いたくてどうしようもねぇ。
「何やってんだよ…毅。」
今あいつが何をしているのか。あいつが何をしていたのか―――
「―――馬鹿野郎。」
この俺をこんなに心配させてんじゃねぇよ。調子狂う、って―――こういうことなんだよ、バーカ。
*********
ごめんな、慎吾。だけど俺はもう戻れねぇ。
「島村…どうして…」
目を覚ましてすぐに目に入ったのは、憎くて仕方なかった顔。
「会いたい奴に会いに行くのは当然だろ?俺はあの日からあんたに会いたくてね。俺は勝ちたくてたまんねぇのさ。」
「…?」
いってる意味がさっぱりわからねぇ。実は頭の中ではかなり動揺している。突然現れた挙句、バトルを申し込みに来たのかと思えばそうではなく。その動揺を隠すのに必死で、思考はぜんぜんうまく働いてくれねぇ。やばい。ただそれしか浮かばない脳内。もしあの場に慎吾がいたらたとえこいつがきてもうまく切り抜けられたかも知れねぇ。いや…慎吾がいたらこいつは俺に近づかなかっただろう。そもそもこんなときにまで慎吾の名前を出すなんて、俺はどうかしてる…。とりあえずだんだん冷静になってきた俺は、いかにも何か聞いてほしそうな表情をしている島村に聞きたいことをたずねることにした。
「いつからだ。」
「さてね。会いてぇなって思ったのはあのバトル以来ずっとだったけど、こうして行動に出ようと思ったのは割と最近だぜ?」
「さっき勝ちたくてたまんねぇ、って言ったな。バトルの申し込みなら受けてやるぜ。」
「バトルで勝とうなんて思ってねぇよ。大体バトルの申し込みするのにわざわざ自分の車に乗せて誘拐するか?」」
「ゆう…かい?」
予想していなかった単語に全神経がとまった。そうだ。俺は先ほど自分の車の横で気絶させられて。今こいつの車の中にいて。いやな汗が背中を伝う。動けないでいる俺に、島村はにんまりと笑ってのしかかってきた。次から次へと起こる予想を上回る事態に、体も頭も反応できずに停止した。やばい。もう一度頭に浮かんだが、さっきとは比べ物にならない。
「そう。俺はバトルで勝ちたいんじゃない。ましてやあんたに勝ちたいわけでもない。俺はあんたにいつもくっついてる『あいつ』に勝ちたいんだよ。」
「あいつ…?」
「そう。あのバトルのときもあんんたの事をずっと見てたなぁ。あんたら、デキてるんだろう?」
あのとき一緒にいたのは碓氷の二人と…慎吾だ。碓氷の二人とはいつも一緒にいるわけがない。まさか…こいつが言ってる『あいつ』って…慎吾のことか?
「っ…てめぇには関係のないことだ!!」
「むきになってるってことは図星だな。あんた、相当動揺してるみてぇだな…わかりやすくて笑えるぜ。」
「くっ…!」
「そんだけ表情に出やすいってことは…体も相当感じやすいんだろうなぁ。」
次々にあびせられる屈辱的な言葉。それは精神的にどんどん俺を追いやっていく。だめだ。逃げなきゃいけないのに。どうして俺の体はうごかねぇんだ。怖い。素直にそう思った。だけど今、自分の周りにいるのは島村だけだ。その島村が俺になにかとんでもないことをしようとしている。なのに体も頭も言うことを聞いてくれない。
「あんたは俺しかみれねぇようにしてやる。あんたの中からあいつを全部奪いとって俺だけのものにしてやる。」
(慎吾っ…!)
島村の言葉が途切れるのと同時に、布が破かれる音がした。
今思えば、それはまるで俺と慎吾を引き裂くような音だった。