毅と最後に別れてから次の土曜の夜。
俺が来たとき、毅はまだ来ていなかった。次の土曜は絶対来るって本人が言っていたからな。これで来なかったらまたからかってやろう。そう思いながら“もし来なかったら”という不安が頭をよぎった。まあとりあえず来なかった場合のことは来なかったときに考えりゃいい。俺は煙草をふかしながらEG6によりかかった。すると、俺より先に来ていたメンバー3人が話しているのが聞こえてきた。ただのくだらねぇ話だと思った。そう思っていたら奴らの会話から「毅」という言葉が聞こえて思わず聞き入っちまった。最近こねぇとか挙句の果てに生きてるんだろうかとか言いやがる。ついこの前までこの俺が面倒見てやってたんだから死ぬわけねぇだろ、とか考えていた。その時、
「そういや俺見ちゃったんだよ…」
「何をだよ?」
「白い32から出てくるところ…。」
「誰がだよ?」
白い32っていやぁ毅がS13に乗ってたときに毅を負かし、そしてついこの前中里が敵地に乗り込んでバトルして負かしたあの32。真っ先にそいつが浮かんだが、そいつとはかぎらねぇだろうと思ってその話は聞き流そうとした。が、次の答えを聞いた途端に一瞬で思考が停止した。
「…毅さんが。」
俺は思わず煙草を落としちまった。
何でだ?その白い32があいつだとは限らないのに。なのに胸騒ぎがする。
「白い32?!おい、それってまさか…」
「んなわけねぇだろ!!」
「それがさ…毅さん、おりてからも結構話してたんだよな…。」
「だったらなおさらありえねぇだろ…」
頼むからあいつだって言うな。思わず願っちまったが、俺の願いはあっけなく崩れ去った。
「だけど…箱根ナンバーだったぜ…。」
「そんな…」
もうそっから先の会話はどうでもよかった。箱根ナンバーの白い32。あいつしかいない。信じたくねぇがもうそいつしかいない。
島村栄吉。箱根サンダーソルジャーズの白い32に乗る男。
俺が固まっていると、聞きなれた音が聞こえた。久々に妙義の山に響く音。32の、あいつの32の音。そしてこの前奴が峠に来たときと同じように俺のEG6の隣に並んだ。32から出てきた奴の顔はこの前よりは元気があるようだ。それにほっとしつつも、頭にずっとたまっている不安の元がよりいっそう大きくなった気がした。
「よぉ、毅。なんか幸薄そうな顔してんなぁ?俺が慰めてやるから泊まらせろよ。約束もまだあるしなぁ。」
「…余計なお世話だ。それに約束は時効だったんじゃないのか?」
「…島村と会ったんだってな、毅。」
少しだけ声を低くして周りにきこえないよう問いかけた。そしてしてほしくなかった反応を、奴は予想通りした。バレバレじゃねぇか。そうやってすぐ目をそらして。少しは隠すって事ぐらいしやがれ。それなのに奴は本当に正直な奴だ。ほんと馬鹿野郎だ。
「いつの間に仲良くなったのか?」
「そんなわけ…あるかよ。」
「でもやつのナビに乗ったんだろ?」
「…悪い。」
何も言わないあいつに苛々してきた。今まで詮索してこなかったけど、まったく興味がねぇってわけじゃない。だけど今までこんなつらそうな顔をしている毅を見たことがない。それに俺だってこんなつらそうな毅は見たくねぇ。だったら少しぐらい話を聞きたい。
「悪いじゃわかんねぇだろ。」
「…お前には関係のないことだ。」
「ふざけんな!!」
思わず怒鳴っちまった。何も知らないメンバーが驚いてこっちを見たがそんなのは関係ねぇ。毅は一瞬体を震わせたが、ずっとそらしていた目を俺にまっすぐ向けてきた。その視線があまりにもまっすぐすぎて俺は言葉を失っちまった。
「今まで別に腹割って話したことなかっただろ。今更何を聞こうって言うんだ。俺は詮索されるのは嫌いだ。」
「…だったらそのしけた面やめろ。見てて気分悪ぃんだよ。」
調子が狂う。そういった意味で“気分が悪い”と言った。すると毅はこちらを強くにらんで低い声で言った。
「気分が悪くなるんだったらよ、俺とこうやってはなさねぇほうがいいだろ。」
「…何?」
「もう俺にかかわるな。こっちだって気分が悪い。」
一瞬で血が上った。もういい。どうにでもなればいい。毅なんかしらねぇ。少し冷静に考えれば強がりだって思えるかもしれない。でもそんなこと考える前に口から言葉が出ちまう。
「あーあーそうかよ。俺だってテメェの子守なんざまっぴらごめんだ。お前だってその面見せんじゃねぇぞ。」
いってから後悔したけど遅かった。悲しそうな毅の顔が見えたのに俺はそれを見えないふりをして車に乗り込んだ。毅の顔がバックミラー越しに見え、その口が動いたがその意味はわからなかった。
「慎吾…ごめんな。」
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あれは二ヶ月ぐらい前のことだった。残業を終わらせて峠に行ったとき、すでにメンバーはいなかった。とりあえず走りに来たのだからと思い、上りと下りを何本か行ってからいつもの駐車場で休んだ。しばらくじっとしていると背後から誰かが近づいてくる音がした。それに振り向こうとして意識が途切れた。
なんとなく居心地の悪さを感じて目を覚ました。少しずつ頭が覚醒してきた俺は辺りを見回した。いや、見回すほど広くはない。なぜならその場所は車内だったからだ。かといってここはいつも自分が座っている場所ではない。助手席だった。いまだにこの状況を把握できない俺に、窓からコンコン、という音が聞こえた。その顔を見て俺は驚愕した。
「お目覚めかい?中里さんよ。」
俺の目にうつったのは忘れるはずがない顔。にくくて仕方なかったあの顔。
「…島村、栄吉…」
俺はただ顔と一致する名前をつぶやくしかなかった。